論文名:データと機械と人の力で最高の日本酒を造る
著者:桜井博志(旭酒造 会長)
出典:DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2021年3月号 ダイヤモンド社
発表年:2021年
【あらまし】
この論文は、純米大吟醸「獺祭(だっさい)」の誕生を通じて、データと機械と人の力を融合したモノづくりのやり方を述べるものです。
「杜氏」を雇っていた時代
著者は、旭酒造の3代目経営者です。1976年同社に一般社員として入社しましたが、先代経営者の父と口論し解雇となりました。父が急逝した1984年に同社に復帰しました。
同社では、「旭富士」という普通酒が主力商品でした。営業面で努力しましたが、特長のない商品でもあり、同業界や他業界との競争に負け、純米大吟醸の製造に転換しました。その後、ブランドイメージが毀損している「旭富士」から「獺祭」という商品名に変えました。
しかし、新たに始めた地ビール事業が大失敗に終わり、倒産の噂が流れ、日本酒造りの専門家である「杜氏」に逃げられてしまいました。
社員による酒造りへ
2000年、著者と、平均年齢24歳の4人の社員という、酒造りの素人集団5人で純米大吟醸づくりをスタートしました。
<杜氏がいなくなったメリット>
・給料の高い杜氏や職人がいなくなり、人件費を削減できた。
・以前は冬期にしか醸造できなかったが、通年醸造できるようになった。失敗しても傷が浅く済むよう、一度に少量の仕込みを毎週やることになった。
・カンや経験に頼らず、データにより分析と反省を行うようになった。
<品質へのこだわり>
・「うまい酒を造ること」という品質向上を企業目的とした。データ化は目的ではなく、手段にすぎない。
・マーケティング重視が多い業界であるが、同社は品質のほうに重点を置き差別化を図った。
・省力化を目的に機械を使わなかった。品質重視のため機械化できない工程は社員が行った。そのため、同業他社より労働集約的となった工程がある。
・分業化やマニュアル化を進めたが、気の緩みから生じる品質の低下を、著者のリーダーシップで補正した。
以上のような結果、初年度から杜氏が造ったものより、品質の良い日本酒が完成しました。また、同社の業績も好調に推移し規模を拡大しました。
最後に、著者はこう提案しています。
手法を変えないことではなく、データと機械と人の力を融合させて質の高い成果物をつくり続けることこそ、日本が誇るべき文化として守り通すべきではないだろうか。
【教訓】
純米大吟醸「獺祭」を製造している旭酒造はいまや、従業員数200人を超え、年間売上高は100億円を超す規模となりました。世界20か国以上で販売され、売上の4割は海外です。
伝統を重んじる側面から見ると、杜氏を雇わない、通年醸造など、異論がありましょう。
しかし、日本酒業界全体が順風とは言えず、企業の存続をかけた改革・改善であったと思います。どんな危機に陥っても、逃げずに対策を考案する姿勢は誰でもできるものではありません。
何よりも「品質重視」という目的意識が一番の成功要因だと思います。