仕事力

心に響く自己啓発

「M-1はじめました。」を読んで

書名:M-1はじめました。

著者:谷良一(たに りょういち)

出版社:東洋経済新報社

出版年:2023年

 

2001年のクリスマスの日(12月25日)、第1回M-1グランプリ決勝戦の生放送が行われました。この大イベントを企画し段取りし実現した中心人物が著者の谷さんです。

著者は京大出で、吉本興業の元役員です。京大生なのになぜ吉本興業に新卒入社するのかを、親や親戚に納得してもらうのに少々骨が折れたそうです。冗談だと思われて「本当はどこに就職するのか」と、何度も聞き返されたこともありました。

2001年、著者が管理職だったとき、突然上司の役員から呼び出され、漫才を復活させるリーダーをやれと命じられました。ただし、部下や仲間はおらず、一人でやれるだろうとのことでした。M-1は、会社を上げてのプロジェクトではなかったのです。

20年前の漫才ブームが去り、テレビ局等マスコミはもとより吉本興業社内でも漫才では集客が難しいという認識でした。

著者はまず、漫才の現状を把握することに努めました。吉本の劇場を見て回り、漫才師たちと個別面談を行いました。漫才人気は確かに下火ですが、漫才師たちは漫才をやって食べていきたいという夢を持っていることがわかりました。

著者は、チラシなどを作り、テレビ局や出版社、新聞社を訪ね漫才復活を熱く語りました。また、漫才は面白いということを多くの人にわかってもらうために、漫才のイベントを実施しました。少しは漫才ファンが増えたかなと思われたのですが、漫才復活が実現する感触を得るには至りませんでした。

悩みながら、たまたま島田紳助さんの楽屋を訪れました。紳助さんに自分の思いを打ち明けました。漫才を辞めた紳助さんですが、漫才に恩返しをしたいという気持ちが強い方でした。従来の漫才コンテストと全然違う「M-1」という構想が二人の間で生まれました。吉本だけのイベントではなく、関西ローカルでもなく、地方予選がある「夏の甲子園」のような真剣勝負の番組です。紳助さんと会わなかったら、おそらくM-1は実現できなかったでしょう。

著者や志を同じくする仲間とともに、スポンサーや全国放送してくれるテレビ局探しに奔走しました。当時は漫才に対する評価が低く、強い逆風にさらされます。出演者の募集、審査員の選定依頼、細部に至るまでのイベントの企画など、高いハードルがありました。

一生懸命取り組んでいると、知恵や情報を教えてくれる人、人脈を紹介してくれる人が現れるものです。著者一人の行動から始まり徐々に仲間が増えて、冒頭のようにM-1グランプリの放送が実現しました。

やっぱり京大出の人は持って生まれた才能が違うのかなと、感心しました。いやいやそんな風に思うと、前に進めません。著者の努力の質と量、それに熱意が違うのだと、考えることにしました。困難な仕事に立ち向かうとき、このM-1を創設した苦労談は勇気づけられること、請け合いです。この著書は芸能界のノンフィクション作品でありますが、新しいことにチャレンジするためのビジネス書だとも言えましょう。