仕事力

心に響く自己啓発

歴史から何かを学ぶとよくわかる

公認会計士の田中靖浩さんの著書「会計の世界史」(日本経済新聞出版社 2018年)を再読した。僕は経理の仕事から遠ざかってしまったが、今読んでも実におもしろいと感じる。簿記発祥の地、イタリアから始まり、オランダ、イギリス、アメリカへと続く500年の会計史である。だが、教養書やビジネス書というより、物語として読める。

難解な会計用語や数字が出て来ない。よく知らない歴史人物や史実も登場しない。出てくるのは、レオナルド・ダ・ビンチをはじめとする有名人、よく知っている絵画や音楽など。

そういう有名な人物や芸術に関連づけて会計の発達の歴史をざっくりと学べる貴重な著書である。この本を著すには、相当の時間と労力を要したと推察される。

イタリアで簿記が誕生した当時、紙は貴重品で一般の人々にはなかなか手に入るものではなかった。紙が安価で大量生産できるようになるにつれて、会計も発達したと言える。さらに現代では、紙の記録を減らして電子化に進みつつある。

また、もともと会計は、過去のデータを正確に記録し、必要に応じて公表することに重点が置かれていた。現代では、事業の売却や買収、合併の判断に必要な未来のデータ予測に力点が移行しつつある(もちろん、過去のデータ記録を疎かにできないが)。

本書は物語的であるため、ふんだんにエピソードが盛り込まれている。数あるエピソードの中で、「投資」を「コスト」と考えるか、「リターン」(将来の収入)と考えるかの教訓となるエピソードを取り上げてみようと思う。

ビートルズアメリカに進出する頃、ポール・マッカートニージョン・レノンは、税金を節約し、なおかつ楽曲の権利を守るため設立した「ノーザン・ソングス」という会社に、「当該会社に楽曲の著作権を譲渡する」という契約書にサインした。

ところが、当該会社の株式があちこちの投資家に転売された。そのためビートルズは、自分たちが作った楽曲であるにも関わらず、著作権者に使用料を払わなければならない立場になった。

長い年月を経て、やっとポールは2000万ポンド(当時のレートで90億円)で権利を買い戻すチャンスを得る。亡くなったジョン・レノン代理人オノ・ヨーコと相談して、この大金を折半して支払うつもりだった。

しかしヨーコは、「高すぎるから、500万ポンドに値切って」とゴネたため、交渉が不調に終わった。その数年後、マイケル・ジャクソンに5300万ドル(当時のレートで130億円)で権利を買われてしまった。よって、ポールたちは、マイケルに使用料を払う羽目になった。

ヨーコは支払う「コスト」に着目した。一方、マイケルは収入となる「リターン」に着目したのだ。現代でも、「コスト」と「リターン」の検討は悩ましい問題となっている。

歴史から学ぶと、このルールや手法はこういう事情や環境から誕生したのだなと、腑に落ちる。会計の世界だけでなく、どの世界でも過去にさかのぼって、歴史から何かを学ぶと、よくわかることが多いのではなかろうか。