10月11日土曜夜、テレビのスイッチを入れた。たまたまフジテレビで「TEPPENピアノ対決2025秋」を放送していた。途中から見たのだが、出場者のピアノ演奏に魅せられて最後まで見てしまった。ソロのピアノ演奏を鑑賞するのがこんなに楽しいとは!
各演奏者について審査員などから評価点がつけられる。一番多く得点した人が勝ちだ。前回大会の王者は僅差で連覇できなかった。上には上があるものだ。僕には演奏の巧拙を評価できないが、おそらくピアノの世界では、さらにレベルの高い人もいるのだろう。
以前読んだ著書「クスノキの番人」(東野圭吾 著)では、学校の勉強がよくできる秀才が登場した。その才能だけで十分だったのに、加えて小さい頃からピアノ演奏が上手で、地元の人々から神童と呼ばれた男である。彼はピアノ一筋で進み、音楽大学に入学した。これが彼の人生を狂わせた。音楽大学の学生たちは、彼よりピアノ演奏のレベルが高かったのだ。彼は「この世界では無理だ」と退学してしまった。上には上がある。
甲子園にたびたび出場し有名な高校の野球部に入った知り合いがいた。入部してみて、ライバルたちに比べて体格や技術面が格段に劣っていることがわかった。甲子園への夢を描けなくなり、彼は退部した。上には上がある。
タレントになろうとオーディションに出場した知り合いがいた。出場してみると、もっと演技力がある人たちばかりであった。彼はタレントになる夢をあきらめ、サラリーマンになった。上には上がある。
僕は目標にしていた大学に何とか入れた。その時、僕は目的を達成したと勘違いした。大学入学は新たな出発点にすぎないのに、大学に入ってからの勉強を軽く見た。そこが問題だった。学者や弁護士なるなどもっと上を目指して、厳しい勉強を継続している人たちがいる。上には上がある。
「上には上がある」と考え慢心せず、かと言って卑屈にもならず、謙虚さと向上心を保つことが必要だと思う。また、たとえ自分よりレベルが高くどうしても敵わない人たちがいたとしても、身の丈に合った仕事や生活をできれば十分ととらえることも大切だろう。