仕事力

心に響く自己啓発

「料理通異聞」を読んで

書名:料理通異聞

著者:松井今朝子

出版社:幻冬舎

出版年:2016年

 

この本は、江戸時代後期の名料亭「八百善」をつくりあげた主人公、善四郎の一代記です。祖先は八百屋で、父親は江戸山谷で「福田屋」という精進料理店を営んでいました。その跡取りが善四郎です。

善四郎は、多くの人々が集まる法要の膳を請け負って成功させ、世間の評判を得ます。やがて文人墨客や身分の高い武士も集まる料亭に発展します。料理素材の吟味や調理技術も群を抜いていますし、有名人や目上の方々とのコミュニケーション力にも長けていました。

大名家祝宴キャンセルのエピソードが事業発展の契機になったと、僕は思います。

善四郎は、ある大名家からお食い初めの祝宴の料理を請け負います。祝宴の2日前に献立の打ち合わせをしに大名家に出向きます。しかし、件の料理がキャンセルされてしまいます。理由は3日前から若君(赤ちゃん)が高熱を出し亡くなられたとのことでした。

いかに大名家といえども、当時は赤ちゃんが無事に育つのは難しく、若君の祝宴が流れるリスクは十分にあり得ると考えるべきでした。

「料理屋はつくづく冥加の悪い商売さ」

という父の言葉を善四郎は思い出します。

けれどもまた、同じ苦労をするなら、下で嫌々苦労するより、上に登って見晴らしの良い所で苦労をしたいと、善四郎は思いました。

彼は気を取り直し、従業員にキャンセルとなったことを丁寧に伝えました。一番言いにくいのは、予約をしていた仕入先の魚問屋です。

彼はキャンセルを切り出せず、仕入先に高価な鯛を買うと言ってしまいました。祝宴のために日雇で手伝うことになった腕利き料理人が、彼に代わって事情を丁寧に説明しました。仕入先の親方は「水くせえじゃねえか」と言い、その鯛を無料で渡してくれました。

また、善四郎と仕入先との一連の交渉に感銘を受けた日雇料理人は、「旦那の下でずっと働きたい。今すぐはダメでも、いつからでもいい」と真剣に話しました。やがて、この料理人は八百善発展のために貢献することになります。

さらに、仕入先から頂戴した鯛を調理して、近隣の既存得意先に配りました。おかげで来店や仕出しの注文が目立って増える効果がありました。

こうして、山あり谷ありで八百善は発展していきます。将軍家御成の店になり、ペリー来航の際の料理も担いました。

インターネットで「八百善」を検索したのですが、現在の八百善は、実店舗がなく、通信販売専門で事業を継続されています。

善四郎は、料理への向き合い方やお客様への向き合い方に並々ならぬものがありました。誰でもできることではありませんが、丁寧さを見習いたいと思いました。