僕が若い頃、職場の先輩に教えてもらったフレームワークは、事案を評価したり判断したりするのに重宝しました。用紙に「T」型の線を引いて、横線の上の、左側に「メリット」、右側に「デメリット」と書けば、フォーマットは出来上がりです。
このフレームワークをデール・カーネギーさんも使っていました。彼の著書「人を動かす」(創元社 文庫版 2016年)に記されており、彼自身の体験談です。
【エピソードの内容】
カーネギーは、講習会を開くために、あるホテルのホールを毎シーズン20日間、夜だけ借りることにしていました。
あるシーズンのはじめ、そのホテルから使用料を3倍に引き上げるとの通知を、とつぜん彼は受け取りました。すでに聴講券も販売しています。
彼は、二日間ほど思案して、ホテルに出かけ支配人に会いました。
「通知をいただいて驚いたけれども、ホテルの支配人として当然の務めです。私があなたの立場でも同じことをしたでしょう」
カーネギーはまず相手側の立場に身を置いて、交渉を切り出したのです。
「さて、こんどの値上げの件ですが、ホテルにどのような利益と不利益をもたらすのか、紙に書いてみましょう」
こう言って彼は、便箋の中央に線を引いて『利益』と『不利益』の欄を作りました。そして、『利益』の欄にまず、「ホールが空く」と書きました。
「空いたホールを自由に貸すことができて、もっと儲かるかもしれません」
彼は、遠まわしに穏やかに「値上げするならキャンセルするよ」と伝えたわけです。
「さて、今度は不利益です。
第一に、私から入る予定だった使用料が入らないので、収益が減ることになります。
もう一つ、講習会には知識人や文化人が大勢集まってきます。それは、ホテルにとって良い宣伝になるではありませんか。この講習会に参加するだけの人数が、ホテルに来るでしょうか」
以上二つの『不利益』を便箋に書き込んで支配人に渡し、「ご検討の上、最終的なお答えをください」と言って、ホテルの回答を待ちました。
その翌日、使用料を3倍でなく、5割増しにするという返事を、カーネギーは受け取りました。50%の値上げでも高いと思いますが、もとの使用料が安かったのか、支配人の立場も考慮したのか、彼は折り合いました。
仮に、感情的になって支配人と言い争っても、良い結果は得られないと、カーネギーは述べています。
【教訓】
交渉の場面でも、このフレームワークを使えるのですね。僕は、口頭でメリットとデメリットを説明し、相手側に考えてもらったことはよくありました。
僕の推測ですが、支配人は上司から収益の向上を強く指示されたのかもしれません。いずれにしても、ホテル側はホテルのことしか考えていなかったのです。
カーネギーは、彼自身の要求を語らず、ホテルの立場になって使用料値上げのメリットとデメリットを語り、そのことを便箋に書きました。紙に書き記すことによって、問題点を整理して冷静に検討することができます。ホテル側がカーネギーの書いた便箋をもとに検討し、譲歩することにしたのでしょう。