仕事力

心に響く自己啓発

人を励ますウソ

3月20日(水)にEテレで「最後の講義『落語家 桂文枝』」という番組が放送されました。文枝さんが語るエピソードは、面白くて教訓になるものでした。

なかでも、医学部1年生の方の質問に対する文枝さんの経験談には驚きました。

質問の要点は次のとおりです。

学生生活の中でプレゼンテーションの機会が多いのですが、そのたびに緊張します。人前でお話をされる文枝師匠から、緊張を楽しめる方法があれば、アドバイスいただきたいというものでした。

文枝さんは、この質問に対してご自身の経験談を話されました。

若い時は緊張しました。それはやっぱり慣れです。逆に緊張しないといけない時もあります。

初舞台の時はすごく緊張しました。しゃべっても、お客さんがくすっと笑わない。そうすると、ますます緊張します。稽古は熱心にやっているので、言葉は出てきます。しかしそれは、口先から出てくるだけの言葉であって、心からしゃべっている言葉ではありません。

噺の途中で、お客さんがどっと笑いました。お客さんの視線から、黒い猫が舞台を走っていることがわかりました。自分の噺ではなく、お客さんは猫を見て笑っているのです。

絶対売れる自信があっただけに、文枝さんはひどいショックを受けました。「この世界ではやっていけないな」と泣きながら着物を畳んでいました。

走った猫はお茶子さんのペットでした。お茶子さんは、師匠方の着物を畳んだりお世話をする人です。お茶子さんがそばにやって来て、「初舞台で猫が走った芸人はみんな出世している。かしまし娘さんとか、ダイマル・ラケットさんの時も、猫が走った」と教えてくれました。

お茶子さんが言う話を聞いて、「この世界で続けていこう」と思いました。テレビの仕事をするようになって、かしまし娘という3人組の漫才師さんと会いました。ところが、猫は走っていなかったということを聞きました。お茶子さんが、自分を慰め、がんばるように、ウソをついてくれたのだと、気づきました。

あなたの仲間も、こうしたらいいよとか、ああしたらいいよとか言ってくれると思います。だから、経験を積んだら緊張がなくなっていくでしょうという、アドバイスでした。

一般に、ウソをつくことは、詐欺だとか、人を陥れるとか、良くないことです。しかし、お茶子さんが言ったウソは、励ましの言葉でありました。

なお世の中には、残念ながら人を不幸にするウソも存在します。人の言うことは何でも、真に受けるのではなく、適切な判断や取捨選択をしなければなりません。文枝さんも、しっかりとした自分の軸を持っている方です。300作以上の落語の創作に当って、多くの資料を集めたり現地に出向いたりして、エビデンスの確認を行っておられます。だから、ユーモアを導く基本を会得し、この講義でもエッセンスを語られているのです。