論文名:「Jobs to Be Done:顧客ニーズを見極めよ」
著者:クレイトン・M・クリステンセン他3名
出典:デザイン思考の教科書 ダイヤモンド社 2020年
発表年:2016年
【あらまし】
ビッグデータ革命のおかげで、企業は、量、種類ともに膨大な個人情報を迅速に収集し、それに基づいて高度な分析を実行できるようになりました。企業が今ほど、顧客のことを知っている時代はありません。それにも関わらず、実効あるイノベーションの誕生が少ないのです。これが本論文の問題意識で、イノベーションを起こすためには、「相関関係」ではなく「因果関係」が大切だと述べています。
真のイノベーションがなぜ生まれないのか
著者らは何十年にもわたり偉大な企業が失敗する様子を観察し、一つの結論にたどり着きました。それは、データの「相関関係」に焦点を当ててしまい、企業が間違った方向に進んでしまうということです。
顧客が達成したいと望んでいることを、著者らは「Job to Be Done」(片付けるべき用事 以下「ジョブ」という)と呼んでいます。このジョブと商品・サービスの購買行動の「因果関係」を明らかにする必要があります。
生活を移動させるビジネス
10年前、著者らの友人であるコンサルタントが分譲マンションを建設する会社の売上増加の仕事を引き受けました。ターゲットは、家族数が減少した家庭など、ダウンサイジング(現在よりも小さな家への住み替え)を望む人たちです。
キャンペーンや広告などのマーケティング活動の結果、多くの人々がマンションの見学に訪れました。しかし、契約に至ったケースは少数でした。なぜ売上が伸びないのだろうかと、調査しました。
購入者との会話の中で、意外なヒントがありました。それは、クリスマスなどで家族が囲むダイニングテーブルです。ダウンサイジングによりダイニングテーブルは不要だと、会社は考えていました。しかしそれは、顧客にとってかけがえのない大切な家財だということがわかりました。新しい家を建てるビジネスをしていると思っていたけれども、実は生活を移動させるビジネスなのだと気づいたのです。
そこで、引っ越しサービスや貸し倉庫サービスを提供したほか、家財をじっくり取捨選択できるように敷地内に仕分け室を設置しました。
そして2007年、業界全体の売上高が49%も落ち込み市場が急落する中、同社の事業は実に25%も成長したのです。
ジョブを把握し、そのジョブを中心に商品・サービスを設計する
成功事例として、「アメリカン・ガール」という人形や「サザンニューハンプシャー大学(SNHU)」の通信教育などが記されています。
一例をあげると、SNHUでは、大学入学候補者の問い合わせから8分30秒以内に電話をかけるという内部目標が設定されています。他の大学で一般的に行われている方法は、24時間以内にメールで回答するというものです。社会人など忙しい入学候補者に対してレスポンスの早さが重宝されています。
最後に、顧客がなかなか片付けられずにいるジョブをはっきりさせることから始めれば、イノベーションの効果が予測可能になると述べています。
【教訓】
顧客が片付けるべき用事を見つけることが大切なのですが、容易に見つけられるものではありません。
この論文の章末欄に、「顧客が支援を必要としているジョブを明らかにするための5つの問い」が紹介されています。
1 「片付けるべき用事」があるか
データ重視の時代に意外ですが、直感から見いだされたものがあります。
姪たちへのプレゼントを探していた時に、創業者が「アメリカン・ガール」を思いつきました。
2 消費が行われていない領域はどこか
SNHUは、年齢層の高い学習者に手を差し伸べました。
3 どのような次善策が編み出されているか
顧客が不満を感じながら次善策を用いて何とかこなしているジョブがあれば、そこに注目します。
4 避けたいと考えているものは何か
日々の生活の中で、やらずに済めばよいのにと思うジョブに注目します。
5 顧客が編み出した、既存商品の驚くような使い方はどのようなものか
一例として、風邪薬が寝付きをよくするために使用されていることがわかり、これをヒントにして、不要な成分を取り除いた安眠のために服用できる薬が生まれました。
まずジョブを把握し「因果関係」を究明することが大切であり、「相関関係」だけを注目してはいけないことがよくわかりました。