仕事力

心に響く自己啓発

あれをあげるか

ノンフィクションライターの佐々涼子(ささ りょうこ)さんの著書「紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている」(早川書房 2014年)を拝読しました。

2011年3月11日14時46分、石巻市を代表する事業所「日本製紙石巻工場」も、東日本大震災に遭遇しました。津波により、近隣の家屋18棟、自動車約500台が工場内に運ばれ、多くの瓦礫とともに水に浸かりました。勤務する社員たちも被災しました。

早々に同社は工場を復興させる方針を固め、資金を拠出することにしました。しかし、被害が甚大で、復興には相当の労力と精神力が必要です。また、社員たちの生活にも配慮しなければなりません。

工場長は考えました。工場を復興させるというモチベーションは、長期化すればするほど低下すると。対策会議で工場長は、製紙マシンのうち1台だけ半年以内に復旧させるという目標を幹部たちに伝えました。

目標を実現するために社員たちは働きましたが、4月が終わる頃になっても同社の煙突からは、まだボイラーの水蒸気が上がりません。つまり、石巻のランドマークともいえる巨大な煙突の白煙が上がらないのです。

そこで、工場長は部下に言いました。

「福島君、あれをあげるか」

福島さんは答えました。

「ええ、やりましょう。工場長!」

巨大な煙突に、鯉のぼりが上がりました。鯉のぼりには、「Power of Nippon」「今こそ団結、石巻」と描かれています。社員たちを勇気づけるだけでなく、地域にも貢献できるだろうと考えたのです。

「あれ」はメンタル面のケアの一例です。社長が組合長に「心配するな」と声をかけるとか、被災して諸事情のある社員の悪口を言わないとか、配慮しました。

過酷な環境のもと、工場は当初の目標を実現しました。さらに、震災発生後1年以内に工場のすべてのマシンが再稼働しました。工場では本などの用紙をつくっており、ほぼ全面的に再開できたことになります。

大災害から復興するには、労働環境や生活環境に配慮しなければなりませんが、とくに社員たちのメンタル面のケアに努めたことが功を奏したものと思われます。